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2008_05
20
(Tue)13:51

支配と尊重

ある時、突然そんな自分自身に気付かされる事になった時、最初に何を思いますか?
自分自身の弱さですか?
自分自身の不甲斐なさですか?
自分自身を責めてはいませんか?

誰のせいでもありません。
誰も悪くはありません。

人それぞれの育った環境、現在の環境があります。
それは、他人に決めてもらったレールですか?自分自身の選択の現在ですか?

何時から淋しかったのか考えてみた事はありますか?

幼かった時、頑張り過ぎてはいませんでしたか?

親の言い付けを守っていたから、特に問題はなかったと思っていませんか?
あの時、言う事を聞いておけば良かったと思ったりしていませんか?

人は、やはり家庭から始まっているのかも知れません。
もし、
『あなたは、あなたのままでいいのよ。』
『あなたは、あなたの思う通りに生きていけばいいのよ。』
何時でも、見守ってくれていると言う安心感があって、傷付いた時そのままの自分自身を受け止めて側にいてくれると言う安心感があったら、今よりも少しだけ勇気をもらえていたかも知れない。

頑張る必要もなく、支えてくれるだけで力が沸いて自分自身を信じて生きて行く方法を学べたかも知れない。

言う事を聞いておけば、楽だったから。
口答えすれば、否定され間違いと指摘され、心が苦しくなるだけだから。
怒られないし、こんな自分でも頼りにしてくれると言う事で存在価値を見出していませんでしたか?
その代わりに、心の声を自分自身で受け止める事をおざなりにしてきたかも知れない。
でも、お手伝いも頼まれ事も、私には出来るし誉めてくれるから。
その代わりに、変に大人になってしまったかも知れない自分自身がいませんか?

人は大人であろうが、子供であろうが人権があり尊重されるものではないでしょうか。

親は、都合が悪くなると怒りだしたり、行動を制したりしてしまいがちです。
それは、『余裕』が無いからです。
責任を考えた時に、良かれと思って色んな方法で守ってきてくれていたと思います。

でも、どんなにイライラしても手を伸ばして手伝ってあげたくても、方法の答えを教えてあげたくなっても、その子を信じてじっと見守ってあげる事は出来そうですよね?

間違おうが、傷付こうがその子が自分自身で考え選択した結果であり、その責任は自分自身にあると言う事の大切さ、そして親の責任は親自身が考え歩いてきた道であり、子供には責任はないと言う事の大切さの中に、強さと絶大なる信頼が生まれるのではないでしょうか。

子供だから、無理。
それは、その子自身の生きていく力を否定した事になっていませんか?

同じ思いはさせたくない…。
それは、その思いをしたからこそ知った事であり今の自分自身に本当に必要なかったと言いきれますか?

どんな人生を歩き、どんな経験をするかは未知数です。
だからこそ、見守ってあげる、そこに居る、受け止めてあげる事が出来たら素敵だと思いませんか?

待っていても、必ずはありません。
裏切られるかも知れません。
でも、そうやって生きてきた自分自身がいませんか?

親の言い付けを守って頑張ってきたけど、その代わり子供らしく過ごしてくる事が出来てなかったかも知れない。
心配な事が多すぎて…。
『何の心配もいらないのよ。』
『安心して、いってらっしゃい。』
自分自身の事だけ考えて過ごしてこれた事があったでしょうか。

自分自身を大切に出来るから、人を思いやる事が出来るのかもしれませんね。
自分自身を信じる事が出来ない時、思ってくれる気持ちを聞いても心から信じる事が出来ますか?
疑う事なく、思いを受け止める事が出来ますか?

管理(支配)されている中は、安心で、楽かも知れません。
だから、管理(支配)してしまうのかも知れません。

人は一人では生きていけません。
誰かとのかかわりの中に生きています。

お手伝いを頼まれて失敗した時、起こられるから。
それはみんな私が悪いの。失敗したから仕方がないの。
怒られても仕方がないの。

それは、本当に私の責任ですか?
お手伝いを頼んだ責任を置いて、私を責めてもそれは責任転嫁にならないの?
声を大にして言いたかった事ありませんか?
認めてもらいたくて大暴れした事はありませんか?

都合の良い自分自身は、得てして自分自身にとって都合の悪い自分だったりします。
でも、向き合おうとすると凄く辛くて苦しいから。
そう言うものだと思っていれば、辛くなくて楽だもん。
認めてもらえる様に費やしてきた分、自分自身を認めてあげる為の自分自身へ費やす時間が足りなかったのかも知れませんね。

親の様子を何時も見つめてきたと思います。
今日は、忙しくてイライラしてそう。時間がなくて慌てているかも。頭が痛くて辛そう。
何時話かけよう、何時聞いてくれるだろう。

『ママ、あのね・・・。』
『今、忙しいから後にして。』

何で『何?どうしたの?』と返事をくれないの?
その後に、説明してくれれば待つ事も辛くないのに。
聞いてもらえない、話しても仕方ない、どうせ聞いてなんてくれない。
なんて思わずに済んだのに…。

たまには私の目を見て応えてよ。
たまには私がここにいる事に気付いてよ。
何かして欲しい訳じゃない、私を見て理解して受け止めて欲しいだけなのに。

声を掛けられて嬉しいのに、いつもあれして、これして、こうしなさい、こうしなきゃダメじゃない。
何がダメなの?
どうしてダメなの?
出来ない私は、ダメ人間なの?

応えてよ。

理由も結果もどうでもいいの。
この私では、ダメなの?こんな私はいけない子なの?産まれてきてはいけなかったの?
こんな思いする為に、私は産まれて来たの?

だから、辛くなるから言う事聞いておけば楽なの。
ママも怒らないから。
干渉しなくなるから。
きっと、これでいいんだと思うしこうなったのは私のせいだって言われなくて済むから。

勇気が欲しいよ。

そんな時やっぱり思うのは、ありのままの自分を受け止めて認めてくれて尊重してくれて、
見守ってくれていると言う安心感は、生きて行く勇気となり糧となると言う事です。
次の人生を歩いて行く為に羽ばたいていけるそんな勇気。

誰も悪くありません。
誰のせいでもありません。
誰も責めないで下さい。
勿論、自分自身も。

あの頃、置き忘れてきたものを取りに行ってみませんか?
認めて受け止める勇気は少し足りないかもしれないけれど。
とっても辛い事かもしれないけれど。
自分自身を許し認め受け止める事の出来る自分自身である為に少し引き返してみませんか?
一人ではなく、自分自身を受け止めてくれる自分と一緒に…。

ほんのちょっとの勇気が、きっと自分自身に今までなかった勇気をくれると思います。
その勇気が、ほんの少し自分を強くしてくれるはずだと信じて。

『あなたはあなたのままでいいんです。』
そのままのあなた自身を大切にしてあげて下さいね。

偏りが多いsatoですが、あまり拘らないでもらえたら嬉しいです。
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